イオンのレジのおばちゃんから垣間見えた、社会主義的不公平感

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年末となり、スーパーも買い出しで混雑している今日この頃。私も近所のイオンへと足を運んだ。すると、レジで並んでいた際に気づいた事がある。

レジにも混雑しやすい場所とそうでない場所がある。立地的に並ばれやすいレジと並ばれにくいレジがあるという事だ。そんなの当たり前だろ!今更何を言っているんだ!と怒られそうですが…とりあえず一旦私の話を聞いて頂きたい!w

私も、他のレジが空いているにも関わらず、なぜか混雑している方へ並んでしまったのだ。その時に私は思う事があった。

おばちゃんは、そのレジが混雑しているにも関わらず、物凄くやる気のないスローな動きで作業に当たっていたのだ。普通の人なら、このクソババァ!と思ってそれで終わりだろう。しかし、私はこのおばちゃんを悪いとは思わなかった。このようなやる気のない動きになってしまう事には理由があるはずだ。一体、それは何なのだろうか。

時給制度の不公平感

まず、私が思ったのは時給制の不公平感だ。みんな同じレジ作業だから、混むレジだろうが混まないレジだろうが給料は同じである。だから、おばちゃんはサービスの質の向上よりも、この時間をとにかく終わりまでやり過ごせば良い。そう思ってしまったのだろう。気持ちはわかる。隣の隣が楽なレジで、しかも若いのに楽そうにしていたら、なんで私がこのレジを!となるのもしょうがない。まぁそれが仕事、と言えばそれまでだがそう思いたくもないプライドがあるのだろうか。

そのレジが持ち回りならまだ良いだろうが、不平等も加わって、もしランダムだったなら、尚更そのような行為に至ってしまうだろう。つまり悪いのは作業にあたっている「人」ではなく、時給制という「制度」という事になる。

これは、サラリーマンである私もそうだが、月給の一般的な会社員でも同じ事が言えないだろうか。正社員と言うのは今日一日をやり過ごす事が仕事では無い。もし、そう思っていたとしたら、あなたもこの状態と同じだと言えるだろう。しかし、それもまたそうさせている側が悪いという一面もあるのだ。

「平等」と「公平」のバランスの大切さ

時給制と歩合制について思う事がある。時給制は平等で社会主義的、歩合制は公平で資本主義的だと言うこと。どちらを追求しすぎても、社会は成り立たない。世の中はこのバランスが大事なのである。過去記事、株やFXのフローチャートから読み解く「わだちま流社会学」でも触れたが、社会はどちらかに行き過ぎると必ず反発が起こる。この2つの思考においては、社会主義は行き過ぎると生産性が無くなってしまうし、資本主義は行き過ぎると貧富の差が生まれて世の中が2分化し、治安が悪くなってしまうだろう。このバランスをうまくとるのが政府であり、企業もその社会的責任を背負っている。だからこそ、そこに所属する私たちも、この事に意識をおいて世の中を見ていかなければならない。

このイオンのおばちゃんの現状を見て、私はこの職場は結構、社会主義の末期に近づいているんだなと思った。それは、時給制の不公平感によりサービスが低下し、行動にまで出てしまっているからだ。周りの目も気にせずに、お客さんにまで被害が及んでいる状態は末期と言えるだろう。

おばちゃんの頭の中は「今日はこのレジか!運が悪い。どうせ、急いでもお金は変わらないし、今日はテキトーにやろうか」そう言わんばかりだ。しかしこの記事を見ている方に、もしイオン関係者の方がいたら、このおばちゃんを批判しないでほしい。なぜなら、そうなっても仕方のない制度が原因だからだ。おばちゃんの責任を追求するなら、仕組みを少し変えてやってほしい。歩合制にしろとまでは言わないが、何か策を施してバランスをとってほしい。そうしないと今後、それが従業員かお客さんかはわからないが、いずれは反発が起こってしまうだろう。

そんなことを思い、私は年末を過ごすのであった。

この世は「平等」「公平」の2極化する思考のバランスが重要である。あなたの生きる世界は、今どちらに傾いてますか?もし偏りに気づいてしまったのなら、そこの住人である「あなた」が、その世界を変えてほしい。でないといずれ、しわ寄せは自分に訪れてしまうだろう。

良い轍も悪い轍も、誰かの役に立ちますように。
新世代ライフプランはwadachima.com(ワダチマドットコム)!

それではまた。良いお年をお迎えください!

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